初潮に赤飯

身体

こんにちはsadaです。

今日は初潮についてお話ししようと思います。

私が初めての月経=初潮を迎えたのは小学3年生だったか4年生の頃。

(だいぶ早かったと思う…)

いつも通り休み時間にトイレに行くと、

なんと言うコトでしょう…

パンツに赤いものがついているではありませんか…。

『えっ?なんでパンツにケチャップが…?私何かこぼしたっけ?』

あの頃だと、かなり早くに初潮を迎えた方だったので、

『とりあえず友達に相談しよう!』なんてありえない話w

恥ずかしいし嫌だし、生理になったと言う事実を認めたくないし…。

パンツに血がついてるだけで、もはやホラーw

誰にも言えるはずがありません。

どうしたらいいのか分からず軽くプチパニック。

当時の学校では、生理や性教育などの授業が、今のようにまだオープンではなかったし。。

コンビニや薬局、ネットでポチれば何でも買える時代でもなかったので、

『とりあえずナプキンをどうにかして手にいれねば!!』と焦る気持ちを抑え、

小学生なりに色々考えた結果

トイレのティッシュをグルグルと引っ張り出して…

わたあめのように、ひたすらグルグルとまくわまくわw

とにかく血を止めなければ!と、傷口に絆創膏を貼るように

ペーパーをアソコにあてて、パンツを穿いてしのぎました。

今思えば…

すぐ保健室に行って、保健の先生に事情を話してナプキンをもらえば良かったと…

保健室には、女の子がいつ生理になってもいいように

きちんと生理用品や薬が準備されています。

生理になるとお腹が痛くなったり、気持ち悪くなったり

我慢しないで体調が悪くなったときは薬をもらいましょう。

(そのための保健室やんかっ!w)

そんな簡単なコトも思いつかず、ただただ不安と焦りで動揺しまくっていました。

そして、なんとか授業をやりすごし家に帰宅。

とりあえずナプキン!!!

どこにあるんだナプキン!!!

早く探さねば傷口から出血が…

いつかの母との会話で

『もし生理になったときは、

ナプキンはお母さんのココの引き出しにいれてあるからね〜』と。

そのときは、”生理”と言う言葉を聞くのも言うのも恥ずかしいお年頃

聞いていないフリをして聞いていて良かった〜

この時ばかりは母に感謝w

小学生でナプキンを一人で買うなんて、ハードルが高すぎる!!!

と私は思っていたので、なにかのタイミングで

母にどこに閉まってあるのかの確認はしておきましょ〜

一目散に母の部屋のタンスを開け、ガサガサあさると…

ありました〜

白い薄い袋に包まれている四角い物体を。。。

初めて手にしたとき…

それはとても柔らかく

まるで高級スイーツが包まれているかのような手触り

1つ拝借し、トイレに駆け込みOPEN!!

ナンデスカコレハ???

トテモオオキイ バンソウコウデスネ???

どっちが前でどちらが後ろ?

このセロテープみたいなものを、とりあえず剥がすのかしら??

どの位置にどのようにしてよいものか…。

小学生の私には難題でしたが、適当にお股にはさんで終了!(雑だわ〜w)

母が帰って来るなり、勇気を振り絞り一言

私『なんかアレになったみたい…』

母『アレって何よ?どうしたの?具合でも悪いの?』

私『違う、熱とかじゃなくてアレだよ、アレ!』

いつもと違う状況を察したのか…

母『大人になったのね〜!お祝いにお赤飯炊かないとね!』

私『お赤飯とか絶対炊かなくていいから!そんなコトしたらみんなにバレちゃうから!本当にそれだけはやめて!』

兄弟がいるのもあり、思春期だったのもあって、誰にも知られたくないと必死でした。

あの頃って、初潮を迎えたお祝いとして、なぜか”お赤飯”を炊くと言う

なぞのルーティーンみたいなのがあって…w

翌日

朝ごはんを食べようとテーブルを見ると…

お赤飯がドーン!!と、のっかってるじゃありませんか。

父『今日は誰かの誕生日だった?』

母『違うけどお祝いよ〜ふふふっ』

ふふふっじゃねーし!

あれほど誰にも言わないでと口止めをしたにもかかわらず、

ルンルンでお赤飯を炊いて豪快にセットしてる母親…

(母はお赤飯が大好物なので、自分が食べたかっただけなのかもしれませんw)

言わなくても普通の日に赤飯が出れば即バレる

そりゃそーですよ、はい。

めでたい日とかじゃないと赤飯なんて家で食べなかったし。

まぁ、今となっても謎の風習のおかげで

赤飯はそんなに好きではありません。

(おいしい赤飯に何の罪もありませんがw)

初潮を迎えた娘のお祝いに赤飯…

あれは本当にやめてほしかった。